この日記はGNSで生成しています。 |
ついでに、 日記を「どのように解釈してもよいけれど、理解しようとだけは しないで欲しい」 という要望を書いておきます。
_ 理解されたくない文章というのは、どう考えても「文章的でなく、視覚的になにかを訴えようとする、文字の羅列からなる絵画」、あるいは「前衛的ギャグ」くらいしか考えつかないのですが、いいんでしょうかね・・・。
_ 単純に量の問題、つまり「ログが増え過ぎて自分が困る」のは、そりゃあまりに自分勝手。ログ解析機能の貧弱さ、あるいは解析ログを自分が認識しきれないという内的事象を、「リンクされすぎるから」という外的事象にしちゃいけません。自分の声が大きいのに気づかずに、その声に対する非難が多いからって「貴様らが聴いているのが悪い」としてみたり、自分が耳栓をすることで相手の非難を封じているかのような。
_ 「URIを1st、朝日奈queryを除去したrefererを2ndキーにしてsortし、2ndキーでuniqする」程度で、十分にログの量は減らせると思います・・・実際、わしはその作業でかなりのログ削減・・・たとえば今日は約2000アクセス全ログに対しrefererログを100くらい、さらにURL目視による類推で「ブラウザで確認が必要であろうreferer」を20程度に抑えることに成功しています。それでも多いですか?
_ あと、読者側。対象を明示しないで不快感をほのめかしたり、コメントでぐちぐち書いたりするのは、また別の不快感があります。コメントにしたとしても、それは視認できる確率を多少落とす効果しかなく、その文章に対する責の度合が落ちるわけではないのですから、書くならきっちり責任を持って書くべき。他人の日記を読む権利はなくても、公開された文書を読む権利はあり、それに対して何かを感じ、それを著す権利もあります。
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さんざん突っ込んでおいて「もー相手しない」と明示するのも、なんかちょっと格好悪さを感じないでもないです・・・。
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